なぜ岡崎へのスルーパスは少ないか。日本最強FWの「一度引く」という技。

今、世界のサッカーシーンを席巻する“レスター旋風”。その影響は、ここ極東の地でも確かに感じ取ることができた。

 その主役を担ったのは、もちろん岡崎慎司である。現在イングランド・プレミアリーグで首位を走るレスターのレギュラーFW。今季大ブレイクを果たしたエース、ジェイミー・バーディー(現在リーグ戦19得点)の活躍に注目が集まる中、その隣で毎試合常に献身的なプレーで勝利に貢献している。

 24日に行われた、ロシアW杯アジア2次予選・アフガニスタン戦。試合は日本代表が本来の力量差通りの点差(5-0)をつけ、大勝に終わった。

 時間の経過とともにアフガニスタンの選手たちの気力と体力が低下していき、日本はゴールを重ねていった。しかし、序盤から試合の主導権を握っていたにもかかわらず、最初の得点が生まれたのは前半終了間際だった。「前半は相手の守備も集中していて、最後のところまで形を作れなかった」とは、主将の長谷部誠の弁である。

清武がスルーパスを多く出したのは金崎だった。

 先制点が生まれた、43分のシーン。この日4-4-2システムのトップ下に入っていた清武弘嗣に長谷部からボールが渡ると、清武はそのもう一つ前方にいた岡崎に縦パス。すると岡崎は前向きに反転しながら右足でトラップし、さらに同じ右足の素早いボールタッチで相手DFを翻弄。最後は冷静に左足でゴールに流し込んだのだった。

 トップ下の選手から前線のストライカーにパスが送られ、決まった得点。まさに理想形とも言えるゴールだった。

 ところが、試合中の多くの場面で清武が何度も得意のスルーパスを通そうとしたのは、かつて大分で共にプレーしていたFW金崎夢生の方だった。

 この現象にこそ、岡崎のある狙いが隠されていた。

 この試合、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は試合開始から2トップの布陣を初めて試した。ハリルジャパンの基本布陣は、布陣の頂点にストライカーを一人置いた4-3-3。一方、4-4-2などの2トップの布陣は、これまで試合途中に攻撃的に出る際に採用される形だった。

岡崎「お互いやりたいことをやれたという感じ」

 現在、世界のトレンドは“1ストライカー”。昔に比べて、2トップを採用するチームは減少傾向にある。そんな中、岡崎はレスター、金崎は鹿島と、それぞれの所属クラブで今季は2トップの一角に入ってプレーしている。


 試合後、岡崎は笑いながらこう語った。

 「まあ、(金崎と)お互いやりたいことをやれたという感じだった」

 2人は滝川第二高校の先輩と後輩の間柄。ともに1得点ずつ決められたのだから、FWとして最低限の仕事を果たしたことは間違いない。と同時に、岡崎にはある手応えが残っていた。

 「2人の役割分担は、はっきりとは決めていなかった。ただ、自分はレスターで今やっている役割と同じようなシャドーストライカーのような感じだった。僕が下で、夢生がある意味ワントップみたいな。僕とトップ下のキヨ(清武)が2シャドーみたいな形になる場面も多かった」

 確かにこの日の岡崎は、幾度となく前線から下に降りてはボールをさばいていた。これまでの彼のイメージは、常に相手DFライン上で駆け引きをし、裏のスペースを虎視眈々と狙い続ける点取り屋。しかし、アフガニスタン戦では、その役割は主に金崎が担っていた。パサーの清武から金崎へのラストパスが多かった理由も、それが一因だ。

プレミアで学んだ前に張りすぎないFW像。

 なぜ岡崎は、これまでの印象とは異なる振る舞いをしていたのか。それは、レスターで試行錯誤しながらも見出した新たなプレースタイルが関係していた。

 「今日の動きは、バーディーとコンビを組んでいる時と同じ感覚だった。前に張っているだけではゴールは取れないということは、マンチェスター・シティやアーセナルとかの試合を観ていても感じるシーンがいっぱいあった。(プレミア昨季得点王でマンチェスター・シティーの)アグエロとかも、いつも前に張りすぎていない。

 例えば、『FWはサイドに流れるな』と監督に言われても、そこに流れることで相手センターバックを引き出して、空いたスペースに違う選手が入っていける。結局、流動性が日本代表には必要だと思っている。そういうプレーを僕も今レスターでやっているから、今日は代表でもできたと思う」


高さも強さもないなら、一度引いてみる。

 積極果敢にゴールに向かうことが最大の特長のバーディー。この試合で岡崎がコンビを組んだ金崎も、大分時代のトップ下や名古屋時代のウイング然としたプレースタイルではなく、現在鹿島では前線を動き回りながらゴールへと推進する。

 そんな相棒たちのプレーを横目で見ながら、岡崎は考えた。

 同じ動きをしても、意味がない。むしろ一度引いたところからゴール前に向かって勝負することで結果を出している選手を、プレミアの舞台で目にしている。そこに、ヒントがあることに気づいたのだ。

 昨年10月、イギリスで岡崎をインタビューした際、こんなことを話していた。

 「新たな武器を見つけるために、ドイツからイングランドに来た。ブンデスリーガでは最後は体のいなし方で前線で相手に対抗できたけど、それを体得するまでに約4年かかった。ただ、これ以上のハイレベルなサッカーで最前線でプレーするには、今の自分には限界がある。高さも体の強さもない自分が世界でFWとして戦うために、ここからはさらに違う境地で何かを見出さないといけない」

 レスターというチーム内での自分自身の立ち位置にも、そしてプレミアでのプレーにもまだまだ迷いが見られた。岡崎はあれからの約半年で、ある一つのスタンスを見つけ出した。

 それこそが、FWとして、一度“あえて引いてみる”というプレースタイルだった。

前のめりな心理状態の上に、押し引きを添えて。

 岡崎は、代表でも2トップの布陣が今後のオプションになると語る。

 「今までの2トップだったら、例えばロングボールを入れて2人で同じエリアに入っていってという感じになった。でも点を取りたいからといって、焦って前ばかりに行っても点は取れない。それを自分はだいぶ理解できてきた」

 何事にも強弱や緩急といった、押し引きの重要性は存在する。FWは常にゴールを奪いに行く前のめりなプレーと心理状態が理想だと認識されているが、ある意味それは必要最低限の要素。むしろ岡崎は元来そうした特長を保持していたからこそ、その上に押し引きの工夫を身につけることで、もっと“したたか”にゴールを奪えるようになっていくかもしれない。


シャドーに隠れながら、瞬間的に9番に変身する。

 今季このままレスターが優勝を果たしても、岡崎がバーディーのインパクトを超えることはないだろう。ただ、日本人ストライカーは新天地1年目にして、また新たなFW像を手に入れようとしている。

 「欲を言えば、もっとシュートを打ちたい。引いた上で、打てる場面にもっといっぱい顔を出したい。今日もゴール場面以外ではシュートを打てていない。決定力があったと言えばそうですけど、ストライカーとしてはチャレンジしたい。そのあたりは、もっと改善の余地がある」

 一度引いてみるプレーが効果的だとわかった岡崎だが、その向上心だけは、相変わらず前へ、上へと進み続けている。

 それにしても、相手が格下だったとはいえ、岡崎のゴールは流麗だった。反転ターンからトラップ、フェイクを入れてシュートまで、完璧な連なりだった。

 それは冷静で、“したたか”な一撃――。

 シャドーに隠れながらも、瞬間的に「9番」に変身する。そんな2トップの心得を覚えた、岡崎慎司。次のシリア戦で国際Aマッチ100試合を達成する日本のエースは、プレミアでの稀有な経験でさらにプレーに深みが出てきている。


Yahoo!ニュース Number Web

(「サッカー日本代表PRESS」西川結城 = 文)より


サイト閉鎖中

0コメント

  • 1000 / 1000